生きる意味や目的がない?無理に作らなくて大丈夫だから人生楽しもう

この記事に辿り着いたあなたは、自分の人生の目的や意味を見いだせず、現状に物足りなさやどうしようもない不安を感じているんじゃないだろうか。

「自分が生きる目的ってのはしっかり持っとけ!」と、職場や学校の先生なんかに口酸っぱく言われた人も多いだろう。中にはライフプランセミナーなる老後の人生についての講演を行う企業もあるそうだ。

現代の人達が人生の目的や意味に執着しているのがよくわかる事例だ。

ですが、人生の目的や生きる意味ってのは本当に必要なんだろうか?

絶対に必要ない!とは思わないけど、無理やり持つ必要性は僕は全く感じない。

ここでいう「目的や意味」ってのは長期的なもの。

例えば「○ヶ月以内に5kgダイエットする!」みたいな短期的なものなら、生活の刺激やモチベーションアップのために十分ありだと思う。

僕の結論を先に言うと、

人生の意味や目的だけに縛られる必要は全くないし、どうせいつか死ぬんだから自由に生きればよくない?

ってスタンスだ。

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人生の目的や意味を持つことの心理的影響

人生の目的や意味を見失う、ひいては自分を見失う現象

特に毎日仕事に追われてばかりな人に起こりがちだと思う。

サービス残業や過重労働がいまだに当たり前の環境では、仕事に人生を支配されて自分を見失っていくのも無理はない。

こんな状態では自分の人生をじっくり振り返ったり、今後のことを考えたりする余裕があるはずもないからだ。

「自分を見失わない為にも、自分の中で生きる目的や意味は最低一つは持っておく」

まぁ確かに大事な考えの一つなのはわかる。

事実、人生において目的を持つことは病気のリスクを減らすことが科学的に判明している。

心臓発作のリスクは27%、脳卒中のリスクは22%も減ることがわかっており、人生が充実していることは健康にもいい影響をもたらすことがわかる。

心が病んでからでは遅い!

だからといって、人生の意味や目的を持つことに縛られ過ぎては元も子もない。

毎日の労働で消耗して心が病んだ状態で自分の将来を考えても、ポジティブな考えは絶対浮かばないし余計にストレスが溜まるだけだ。

本気で自分の人生について考えたいなら、一度自分に余裕のない状態から解放することが必要になってくると思う。

会社員なら無理を承知で長期休暇をとったり、学生ならしばらく旅に出たりして時間の余裕を確保したいところ。

僕も1週間ほど有給を貰って一人旅に出て、自分の将来についてじっくり考える時間を作ったことがある。

どれだけいい企業にいようが立派な業績を上げようが、心が病んでしまっては終わり。

うつ病で休職して地元に戻らざるを得なかった人や、業務中に過労で倒れて救急車で運ばれた人…人生を会社の仕事に振り回された人たちを僕はたくさん見てきた。

きっとあなたも一度はそういう人を見た心当たりがあるはずだ。

僕自身も会社員時代に、「ロープで首吊ったらどんな世界が見えるのかな…」とか本気で考えたことがあるし、そんなおかしな状態に陥っても自分で気づくことができなかった。

まさに会社に支配された人生…社畜そのものだった。

「人間は環境の生き物」とよく言われるけど、1つの環境での常識に染まってしまうと、思考や価値観が自然と凝り固まってしまいがちだ。

心が病んでもそれが当たり前だと錯覚してしまい、知らず知らずのうちに自分を追い詰めていく…まさに負のスパイラルに陥ってしまう。

だからこそ、心が病む前に普段とは違う環境下で将来を考えることが必要だと僕は考えている。

心が病んでからでは手遅れだ。

結局あなたはどう生きたいのか?

人生の目的を無理に持つより大切なのは、

あなた自身はどう生きたいのか?

これを明確にしておくことだと考えている。

どう生きたいかハッキリさせることは、自分にとってなにが幸せか?それを知ることと同じだ。

自分を見失っている人は「毎日が同じ繰り返しでつまらない、生きがいが感じられない。」という思いを抱いているんじゃないだろうか。実際僕もそうだった。

生きがいが感じられないということは、心が弾みを失って新しいチャレンジをする気力がなくなっている、だから毎日が同じ繰り返しになり刺激がない。心は有ってもそこに自分の魂が存在していない。

KDDI創業者で有名な稲盛和夫氏もこう述べている。

人生の目的はどこにあるのでしょうか、もっとも根源的ともいえるその問いかけに、私はやはり真正面から、それは心を高めること、魂を磨くことにあると答えたいのです。

KDDI創業者 稲盛和夫

理屈ではなく、自分の心と対話する

少し精神論じみた話になってしまったけど、自分がどう生きたいのかは理屈で考えるよりも、自分の心に聞いてみるといい返事が返ってくると感じる。

ある日、僕がこれ以上サラリーマンで働くのはもう限界だ…!と悟った日があった。

「これ以上心が病むのをほっといたら、本当に首を吊るかもしれない…」

こう直感した僕は、自分の将来をじっくり考える時間をすぐさま確保して、本当にやりたいことを自分の心に問いただしてみた。

返ってきた答えは…

「いつの日か誰にも邪魔されず自由気ままに過ごしてみたい!」

思えば日々の労働に追われているうちに、本来自分が持っていた理想も価値観も忘れて思い出せなくなっていた。

このまま週5日フルタイムで働く生活を続けても、死ぬまで精神的に自由になれないことはわかっている。

自分の本当の幸せに近づくためにはどうしたらいいのか?

精神的にギリギリまで追い詰められた怪我の功名かもしれないが、思い出すことが出来た。まだ忘れてなんていなかった。

道筋は見えているし、実際に行動も始めた。あとは行動し続けるだけだ。

一度きりの人生なんだし自由気ままに生きてもいい

今の時代はとんでもない速度であらゆるものが変化しつつある。

スマホやSNSが世界中でここまで普及するなんて誰が予想できたろうか?

昭和の時代に、21世紀にはシャープが台湾企業に買収されるなんて話をしても信用されるだろうか?

東芝が東証二部に降格するなんて十年前には誰が信じたろうか?

新卒で入った会社に40年以上ずっと勤めて定年退職…という未来をあなたは想像できるだろうか?

10年後の未来を予想は出来ても、実際に何が起きるかはタイムリープでもしない限りわかるわけがない。

所詮、未来予想なんて正確に当たったものの方がはるかに少ない。

例えば今いる会社を辞めても居続けても、どちらを取ろうと何かしらのデメリットはあるんだからそれを考え過ぎても仕方ない。

だってあらゆるチャレンジにはリスクが付き物なんだから。

一度きりの人生なんだし、なんなら会社の労働なんてほっぽり出して、自由気ままに生きる人生を選んでも全然いいと思う。

人生最期の日とどう向き合うか

あらゆる生命にはいつか終わりの日が訪れる。

これを避けることは現代の医療・科学技術では不可能だ。

だから大切なのはその終わりの時期ではなく、生きている間に自分の人生をどれだけ後悔せずに過ごせるか?ではなかろうか。

人が死ぬ間際に一番多く残す言葉が、自分の人生への後悔の類だそうだ。

  • 「どうして若い時に○○をやっておかなかったんだ…」
  • 「もっと自分に正直に生きればよかった」
  • 「××に旅行行きたかったけど、足腰が悪いからもう無理だ…」

などと死に際に呟いても、残念ながら時すでに遅し。

もしあなたが今の自分に閉塞感を感じている、自分の人生なんて大したことないと感じているなら、自分の理想の人生へ向かえていない証拠だ。

理想の人生に決まった正解はなく、弾き出す解答は人それぞれ。

一度きりの人生だし、死ぬ間際に後悔の言葉を残さないように生きるのが一番理想的な人生だとも言える。

生きる目的や意味に縛られず、自分の価値観を誇ろう

生きる目的や意味を無理やり持ったところで、そんなものは長続きしないし偽物だ。

心の声に耳を澄まし聞こえてきたものが、本当に自分が大切にしている価値観。

本物だけがあなた自身の心の支えになってくれる。

この先の人生をあと何年何日何時間過ごせるなんてわかんないし、自分だけのペースと価値観を誇りに思おう。

未来は神のみぞ知る。

人間どうせいつか死ぬんだから気の赴くまま、風の流れるままに人生を楽しもう。

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