報連相できないのは病気じゃない。むしろしなくていい!

世の中には2種類の「ホウレンソウ」がある。

1つは野菜のほうれん草。

おひたしやごま和えなどでよく使われる定番の食材。

ほうれん草を使った料理が僕は大好きでよく食べたくなる。


もう1つはビジネス用語の報連相(報告・連絡・相談)。

こっちの報連相もビジネスにおける定番だが、はっきりいって無駄だしうざいだけだ(笑)。

一時期僕は、ほうれん草を見るのも嫌になったくらいこのワードに憎しみを抱いていた(笑)。

仕事を進めるうえで報連相は必要不可欠といわれてるけど、本当にそうなんだろうか?

有効活用されている場面を見たことがないし、それどころか、報連相ができない自分が何かの病気なのか…?と自分を追い詰める要素になっているじゃないかと感じた。

もしあなたが報連相できないことに悩んでいるとしたら、報連相できないのは病気じゃないし、むしろそんなことはしなくていい!

という僕の考えをちょっとだけでも聞いていってください。


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ここが無駄だよ報連相

まず報連相が無駄かつうざい要素でしかない理由をあぶり出してみよう。


①報連相自体が仕事になってタイムロス

仕事を進めるうえで報連相が必要とはいうものの、仕事の進捗状況を毎日具体的な内容まで報告させるといった過剰なものは、ただ負担が増えるだけで時間の無駄だ。

部下の仕事の進捗状況を確認したいなら上司の方から聞けばいいし、第一、自分の仕事を一から説明するのってとんでもない無駄だと感じる。

僕が経験した例では、毎日わざわざ仕事の進捗状況を日報に書かされただけでなく、上司に口頭で説明させられていた。

進捗状況を報告するなら、口頭で「○○の件は今××まで進んでいます」程度の報告で十分だろう。

しかも日報を作っても上司に納得されなかったら、「日報作り直してもう1回説明しろ!」という始末。

バカバカしすぎてやっとれん。

いい加減日本の会社は、報連相自体が貴重な仕事の時間を削っていることを理解してほしいのだが…。

②報連相の過剰な強要

あとは上司から報連相を強要させられるのがとにかくキツかった。

さっきも言ったけど、毎日日報を作成して上司に説明しなければ仕事が終わらない。

その上司は部内の全体ミーティングでも報連相の徹底をしつこく言っていたし、筋金入りの報連相マニアとしか思えない。

もともと人と話すことや怒られることが苦手なので余計なお世話もいいところで辛かった。

報連相をしなけりゃ「なんで報告しなかったんだ!」と怒られ、したらしたで「今忙しいことくらいわかんないのか!?」と怒られる…。

あほくさ

だったら最初からやるべき仕事を指示したほうが早いし効率的と思うんだけどどうだろうか?

報連相の過剰な強要は、ただ無駄な時間と心のダメージを部下に与えるだけだ。


③結局成果は何も産み出せていない

結局のところ過剰な報連相するうえで最大のデメリットは何か?

それは「成果を出すこと自体には何の役にも立たない」こと。

報連相を無理やりさせたとしても、それはあくまで成果を出すこととは本質的に結びつかない。

成果を出すプロセスの内にも入らないことを過剰に徹底させる意味はどこにもない。

そもそも会社が従業員を使う目的は利益をあげるためのはず。

過剰な報連相などという無駄な行為をしているようでは、日本の会社の生産性が低いのも無理はない…。

こんな生産性もくそもない過剰な報連相をしたところで利益は1円たりとも生まれないんだから。

報連相できないからといって仕事ができないわけじゃない

もしあなたが報連相ができないからといって、自分は報連相もできないから仕事でもいい結果が出せないのかな…。

なんて思っていたらその考えは即効で捨てよう。

仕事の成果を出すこととは全く別問題だし、無意味に自分を追い詰める必要はない。

ましてや報連相できなくても決して病気ではないし、自分を過小評価しなくても大丈夫

自分を卑下するのが心にも体にも一番よくない。問題は過剰な報連相をしている職場環境の方にある。

もしかするとあなたの今の仕事の悩みは、過剰な報連相にあるのかもしれない。

今の環境に相当悩んでいて限界が近いと思っているなら、環境の変え時だろう。

いつまでも自分に合わない場所に居続けたら、いずれ本当の病気になってしまうかもしれない。

たかが報連相一つできないぐらいで、自分自身の評価を決めてはいけない。

あなたが輝ける環境はきっとほかの場所にあるんだから。

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